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王城の地・京都に朱雀通りが残り、会津に白虎隊があった。中国の古都を訪れた人は玄武門を見られるだろう。漢代から、東西南北の守護に四方の守護神として、青竜、白虎、朱雀、玄武の四神がおり、その配当色をそれぞれ青、白、赤、黒とし、中央に黄を配しているが、これは東洋哲学の五行論に由来している。そして建築、調度、築城、都づくりから軍陣に至るまで使われてきた。 今日でも相撲の土俵に、四方を象徴する色である青、白、赤、黒を東西南北に配しているのはその名残である。 先年メキシコからグアテマラに旅したとき、そこで東西南北の配色が、東洋と違い、赤(東)、黒(西)、黄(南)、白(北)となって、それが古代遺跡や、マヤ族の遺跡に見られ、土着のインディオの民族衣装の配色にもあって、異様に感じた。 この新大陸の先住民がアジア大陸からアリューシャン列島伝いに南下した歴史をふりかえると、彼らにとって北は、白雪と白氷一色の強い印象のためだったからとも考えられる。 漢方薬にも、この四神が漢薬の面でも、処方の側からも、正統に伝承されている上、それを代表する四つの薬物と薬方の主作用が、発汗・吐・瀉下・中和の漢方の四大治療原則の要薬として活用されている。 そのうち西の守りの白虎(白虎湯)だけが石膏(辛寒)と呼ぶ鉱物薬で、体内にこもった熱症を寒冷薬の白虎で中和する薬方群の主薬である。 そのほかは青竜(麻黄)が発汗、朱雀(芫花)が吐下、玄武(附子)が(温熱薬で寒冷症をあたためて)中和の代表薬草とされ、それぞれ青竜湯、朱雀湯、玄武湯と、薬方の主役となっている。 この四つを使いこなせて初めて一人前の漢方家といわれた。以下、四神の代表選手としての薬草、マオウ(麻黄・青竜)、フジモドキ(芫花・朱雀)。トリカブト(附子・玄武)について話をすすめてゆくことにする。 |
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漢薬・麻黄は青竜に当たり、東方の守護役で、表門の護りに当たる。人間の表門は体表と顔面で、そこに体調がやぶれて起こる症状は、誰でも経験するカゼ症候群で、頭痛、発熱、さむけ悪寒(悪風)と鼻つまり、咳、涙目や、首筋、肩のこりなどを伴う。 これらの症状は、体液を皮膚と呼吸器から主として気体で発散している生理状態であるから、それを汗で排泄すれば、これらの症状は一挙に解消できる。 麻黄は体表から発汗で体液を除去する役目を持っている。麻黄は喘息や鼻つまりばかりでなく、むくみや痛みにも、効果があるのはそのためである。 体液の代謝がわるく汗だけでは不十分なときには、小便から排泄するという共同作戦をとらねばならないので、その人の体調に応じて青竜湯には二段構えの対策があって、大青竜湯と小青竜湯がある。 大青竜湯は大発汗剤で、小青竜湯は緩和な発汗剤と利尿剤を兼ねている。 日本人の体質や食習慣では、大青竜湯のパターンの症状は少ないので、このようなときは、麻黄剤の葛根湯が使われている。 |
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麻黄は、中国北部、内蒙古、東北(旧・満州)に自生するマオウ科の草本性小潅木で、薬用にはそのイグサのような茎を刈って使用する。 内蒙古や東北の自生地を踏査してみると、馬や羊は勿論のことラクダなどの家畜も、苦くて名の示すように口を麻痺させ、さらにけものにはタブーである発汗を促すマオウは、食い残されている。 その上、多年生で地上を刈り取っても絶えないので、資源としては無尽蔵である。 日本では、先人が苦心して栽培を試みたが薬効は劣る。そこで中国と友好を深め、頂戴するのが賢明と考えた。 |
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マオウにはチッソを含んだアルカロイドのエフェドリンを0.3〜1.0%含んでいて、明治25年(1887年)、日本の長井長義博士が分離された。 その後40年たって、アドレナリンと同様の効果があり、アドレナリンより持続性があり、喘息に有効なことが薬理的に証明され、世界の医療界に登場して、古漢の昔からの漢薬の効果が実証された。 喘息でも慢性喘息には、前期の小青竜湯を、急性喘息には大青竜湯や麻黄湯、麻黄杏仁甘草石膏湯といったように、きめ細かい処方が用意されているのが漢方の特長で、いずれも呼吸器の負担を発汗で肩代わりして解消する治療原則をふまえている。 現代医学にもエフェドリンを喘息患者に投与すると、気管支筋を弛緩させるので、喘息に効果があることが認められている。 |